感情を食べる生物 ――綾瀬マナ『悪戯ちょうちょ(1-2)』感想
己の如く,汝の隣人を愛せよ
――『聖書』
私立鶯坂音楽高校.主人公・羽生さくらはピアノと幼馴染・紺野なのはが大好き.そんな二人が,本来は上級生しか出られないはずの学内コンクールに参加して……という学園百合漫画.
さくらのピアノは,どれも感情を思うがままに,強く表現している.しかし,校長をして「よくウチに入れたもんだ」と言わしめるほどに技術面が追いついていない,さくらのピアノのルーツは溢れすぎるほどの感情を音に乗せて弾くところに在り,かつその感情を他人に伝えられるだけの力量・才能を幸いにも持っていた.そのスタイル故に,一歩間違えば自分勝手独り善がりとも取られかねないほどに,さくら自身の中にあるものを重視しすぎている.環境によっては,さくらは孤立していたに違いない.
しかし,理解者がいれば話は変わってくる.さくらの押し付けがましいほどに固く表現された音を世界を,しっかりと受け取ってくれる存在.それがヒロインとして描かれている紺野なのはである.なのははさくらの演奏を信じ,認め,肯定する.内に引きこもりがちなさくらを,ノックし,手を引き,外に連れ出す.無意識に,なのははさくらを高みへ押し上げているのだ.
……無意識に,である.
でも なのは
ともだちじゃ 全然 足りないの
もっと その先
ともだちの その先 (もっと知りたい もっと近付きたい もっと繋がりたい)
二度と二人 離れられないほどのその先へ行きたい
ねえ なのは
こんなに想ってるなんて
あなた 知らないでしょ?
ああ,友情百合.友情百合の素晴らしさは,その親しい間柄故に,踏み出すことを,打ち明けることを,発見することを,恐れ,惑い,悩む.その人間臭くていじらしくて,愛しいプロセスに見出すことができる.「親友」という,一見その上の段階がないような関係で留まりつつも,その裏側で好感度はそれ以上に溜まっていく.そして実は好感度が「百合」状態に達していたことに気づくその瞬間の,どんでん返しのような感情の裏返りは非常に美味芳醇で癖になってしまうのだ.なぜならわたしのような萌ヲタの多くは,キャラクターの感情を食べて生きているのだから.しかもその美味しさは,過熱状態の長さ・大きさに比例するだろう.過熱が長ければ長いほど,突沸の勢いは強くなる.
話を戻そう.さくらとなのはは対称的に,対照的に描写されている.一巻のラストシーンで指輪の交換をして,「大好きだよ」と互いに言い合う二人に,それは際立つのだ.
二巻で,さくらは藤先生に𠮟咤される.理由も根拠も全てなのは,それ故の意外性独創性という搦手でここまできたさくらは,本質を突かれてしまう.ここまでは,さくらは「他者としてのなのは」ではなく「さくらの中のなのは」に恋していたのかもしれない.単純にナイーブに,さくらを全肯定してくれる存在,さくらを引き上げてくれる存在としてのなのはに.恋に恋をしていた.しかしそれに気づいた今,さくらは本当の意味で,目を見開いて,見る.さくらを.ピアノを.……百合を.
たいしょうせい.二巻は一巻にたいしょう的である.あらゆるシーンが丁寧に裏返っていくその緻密さに思わず驚く.……さくらがきちんとなのはを見た結果が二巻のラストシーンなら,またあと半年近く待つのはあまりにも酷だと心底思わずにはいられない.そういえば,森永みるく『GIRL FRIENDS』も単行本ラストは山場を持ってきていた.……『コミックハイ!』編集部はやってくれるじゃあないか.こんなんじゃ俺,『コミックハイ!』を購読したくなっちまうよ…….
まことみはるで百合展開って可能性も微レ存……!?
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