百合と漫画と光る苔

百合とゲームが好きです

混沌を望み、世界の支配構造を破壊する者  ――石井あゆみ『信長協奏曲(1-8)』感想

 初めて撮った練習の日のビデオなんて、結構転んだりしちゃってて……
 絶対に……絶対に誰にも見られたくなかった中学の時からはいているパンツも映っちゃってるし……
    ――『ラブライブ!

 戦国時代にタイムスリップしたマイペースな高校生・サブロー.その彼が,病弱な「本物の織田信長」の代わりに「織田信長」として天下を取る,というストーリーの熱くて面白い歴史異聞漫画.歴史物の常としてネタバレが徘徊しているので,もしタイトルだけ聞いて読もうと思ったのなら「続きを読む」は押さないほうがいいかも.

 この漫画の一つのアクセントが,「サブロー自身が歴史を殆ど知らない」という点にある.何しろ彼は「秀吉」や「徳川家康」と言った有名な名前こそ知っているものの,例えば「本能寺の変」において信長が誰に殺されるか,は知らない.タイムスリップもののアドバンテージを放り投げてしまっている.しかも彼はただの高校生なので,別段戦う術や政治,調略なども長けているわけではない.

 ならばなぜそんな彼が信長としてやっていけるのか.それは,わたし達が知っている「織田信長」という人物の「奔放な面」を,元現代高校生たる彼が表しているからだ.高々一地方の小大名にすぎない若造が「天下」を唱える,そんなのは当然その時代の真っ当な人間にできようがない.それを(無自覚に)やってのけるサブローは,とにかく(無自覚に)清濁を併せ呑むのだ.

 無自覚に.アンジャッシュ的な勘違いの連鎖が,人を惑わし,国を動かし,歴史を変える.「桶屋が儲かる」やバタフライ効果が面白い理由は,スタートとゴールの落差,一見した不連続を見事に繋いでみせる一貫した論理性に求められる.サブローの無知と怖いもの知らずさが,歴史のピースをうまい具合にはめ込んでいくさまに,草原を吹く風のような哀愁をまとった爽やかさを感じずにはいられない.



 ――うまい具合に,なのだ.歴史は,わたしたちの知っている歴史とは,変わっていない.いちごぱんつは覆らないだろう.サブローに火矢を射掛けるのは,きっと変わらずに明智光秀,のはずだ.歴史物の常として,滅びの美学を意識せずに読むことは難しく,それ故にひとつひとつの言動に奥行きが,切なさが醸し出される.

 先ほど,どうして一高校生が織田信長になれるか,を書いた.もう一つの理由は,彼を支える周りの人物である.織田信長の周囲の有名な人物として挙がるのは,豊臣秀吉徳川家康明智光秀が真っ先だろう.

 豊臣秀吉.彼は元今川義元の忍びであり,織田信長を殺そうと常に画策する悪意の一端として描かれる.この漫画の歴史に対する信頼性を恃むのならば,秀吉の策は軒並み失敗するはずだろう.……最後の一回を除いては,だが.

 明智光秀.彼はわたしたちの知っている「織田信長」の裏面を盲信とともに担う.現代高校生が,例えば「焼き討ち」なんて何の脈絡もなしに指示できるわけない.今後においてもそういった強烈な選択肢は出てくるだろうし,そうでなくても割とすぐに殺されそうなサブローを支えるのが光秀である.サブローと光秀は,二人でようやく一人の「織田信長」となる.そして,だから,それゆえに――切ない.

 徳川家康.彼は,信長の表面を信頼とともに支える.ある意味勘違いの被害者筆頭であるのだが,だからこその強さを,熱さを持つ.ただそれは若さのせいかもしれないが.なにせ8巻のヒキは武田信玄であるからゆえに.

 サブロー自身に力はない.そのマイペースさと現代文化が奔放な,革新的なものに見えているだけだった.それが他のタイムトリッパー達と一線を画す.まだ若い状態で飛ばされたからというのもあるだろうが,だからこそサブローは,「徳川家康」や「豊臣秀吉」ではなく,他の誰でもない「織田信長」でなくてはならなかったのかもしれない.

 とにかく面白い漫画.歴史物と少年漫画をうまい具合にバランスを取って融合したものなので,熱さに関しては保証する.サブローは戦えないので戦闘戦争描写に関してはちょっと足りないかもしれないが,それを補って余りあるドラマに巻かれるのが楽しくて仕方がない.

 ……しかしこのペースだと,いちごぱんつにたどり着くのは17巻とかになるんじゃないかなあ.


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